犬の黒色被毛形成異常症って?原因・症状・治療・予防法まとめ【獣医皮膚科専門医が解説】
黒色被毛形成異常症(Black Hair Follicular Dysplasia; BHFD)は2色以上の被毛色で構成される犬の黒色被毛に脱毛が認められる疾患です。また似たような皮膚病に、淡色被毛脱毛症(Color Dilution Alopecia; CDA)があり、こちらはブルーあるいはフォーンの被毛で構成される犬に特異的に発症する脱毛症です。これら2つの皮膚病はは侵される被毛色に違いはあるものの、基本的には同一の病態機序から発症すると考えられています。この記事では、『黒色被毛形成異常症』という言葉を用いて紹介しますが、淡色被毛脱毛症も概ね同様だとご理解下さい。
黒色被毛形成異常症とは?
被毛色あるいは肌の色を決定する色素は主にメラニン色素であるとされています。メラニン色素はメラノサイトという細胞で合成され、メラノサイト内に存在するメラノソームに貯蔵されます。このメラノソームが表皮および毛包構成細胞との間でメラニン色素の受け渡しを行っています。黒色被毛形成異常症では、メラノソームの輸送に重要な役割を果たす遺伝子に変異が認められ(※1,2)、これによってメラノソームの輸送障害が起こります。メラノソームの輸送障害の結果、メラニン色素がうまく受け渡し出来ずに被毛内に蓄積され、それにより被毛が脆弱化してしまいます。つまり、黒色被毛形成異常症は、先天的に脆弱化した被毛が物理的な外力などによって破折することで肉眼的に脱毛が認められる疾患という事になります。
毛に蓄積されたメラニン顆粒。これが原因で毛がポッキリ折れてしまいます。
黒色被毛形成異常症の症状
黒色被毛部に脱毛がみられるのですが、特に物理的な外力を受け易い部位(顔面、足先、ひじ、かかとなど)から脱毛が始まります。黒色ではない被毛部分(茶色やクリーム色の被毛)は正常なのもこの皮膚病の特徴です。皮膚症状としては脱毛が主ですが、完全に脱毛している部位もあれば、折れて短くなった被毛を確認できる部位も存在します。
また、毛孔に一致した丘疹(赤いぶつぶつ)や膿疱(ニキビ様のぶつぶつ)といった細菌性毛包炎の症状を併発することが多いとされています。これは被毛が毛包内で折れることで、毛包壁を傷つけることが原因だと考えられています。下の写真は皮膚病理写真になるのですが、黒いモヤモヤが『メラニン顆粒』です。毛包内に大量に存在しており、これが『被毛の成長を阻害したり』『毛包を傷つける』原因となります。
症状のポイント
- 左写真:頭頂部の脱毛です。優しく頭を撫でてあげましょう!
- 中央写真:構造上出っ張っているカカトも脱毛しやすい部分です。
- 右写真:横になって寝るときに擦れるため、肩のあたりから脱毛してきています。
黒色被毛形成異常症の好発犬種
黒色被毛形成異常症は、ダックスフンド、ビーグル、ジャック・ラッセル・テリア、ボーダー・コリー、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、パピヨンをはじめ、比較的多くの犬種で発症が認められています(※3,4)。淡色被毛脱毛症はドーベルマン・ピンシャーで特に好発する傾向があり、その他イタリアン・グレーハウンド、ミニチュア・ピンシャー、ダックスフンド、チワワ、ヨークシャー・テリア,ボストン・テリア、シェットランド・シープドッグ、スタンダード・プードルなどで発症が報告されています(※5,6)。
黒色被毛形成異常症の発症と原因
黒色被毛形成異常症/淡色被毛脱毛症ともに幼若齢で好発します。黒色被毛形成異常症は早ければ生後4週ほどで被毛の変化が視認されるが、淡色被毛脱毛症は6ヶ月~3歳齢とやや発症が遅い傾向があります(※3)。今のところ性差は確認されていません。いずれも常染色体劣性遺伝することが報告されています(※4,7)。
黒色被毛形成異常症の診断
抜毛鏡検において毛幹に存在する巨大メラニン色素顆粒(メラニンクランプ)を確認することが診断への第一歩となります。しかし、メラニンクランプは淡色の被毛であれば、たとえ脱毛が認められなくても検出されることがあるため、本検査所見のみで黒色被毛形成異常症/淡色被毛脱毛症の確定診断はできません。確定診断には、皮膚生検・皮膚病理組織学的検査が推奨されています。
また、鑑別疾患としてはパターン脱毛症があげられます。発症年齢、犬種、被毛色、発症部位から、黒色被毛形成異常症/淡色被毛脱毛症とパターン脱毛(若齢のダックスフンドに好発。耳介後部、腹部、胸部〜下腹部、大腿後縁に発症)を区分することは比較的容易ですが、確定診断には、皮膚生検・皮膚病理組織学的検査が推奨されています。
黒色被毛形成異常症の治療・予防法
現在のところ、黒色被毛形成異常症/淡色被毛脱毛症に有効な治療法は存在していません。物理的な外力で被毛が容易に折れてしまうため、過度なシャンプーやグルーミング、外用療法は避ける事が重要となります。また、細菌性毛包炎(菌の感染)の併発や紫外線暴露の影響を受け易いため、適切なスキンケアを実施する必要があります。
黒色被毛形成異常症の予後
原則として該当する被毛色の部位は全て脱毛する可能性があり、進行性の疾患です。過去には、淡色被毛脱毛症に罹患した症例では皮膚腫瘍発生のリスクが増大することが報告されています(※8)。これは、脱毛により紫外線暴露が増加することに起因すると考えられています。そのため、洋服を着て散歩させる事、動物用の日焼け止めクリームを塗る事をオススメしています。
獣医師からひとこと
愛犬の被毛が、黒、ブルーおよびフォーンといった色である場合には、被毛の状態を定期的に観察する事をオススメしています。黒色被毛形成異常症/淡色被毛脱毛症と診断された場合には、本疾患が進行性、難治性の疾患であり、有効な治療法が存在しないことを理解した上で、適切な予防やスキンケアを心がけましょう。また、本疾患は遺伝的な関与が強く疑われるため、残念ながら繁殖活動は推奨されておりません。
■ 参考文献リスト
※1 Drogemuller C, Philipp U, Haase B et al: A noncoding melanophilin gene (MLPH) SNP at the splice donor of exon 1 represents a candidate causal mutation for coat color dilution in dogs. J Hered 98:468-473,2007.
※2 Philipp U, Hamann H, Mecklenburg L et al: Polymorphisms within the canine MLPH gene are associated with dilute coat color in dogs. BMC Genet 6:34,2005.
※3 Miller WH and Griffin CE and Campbell KL: In: Mueller & Kirk’s Small Animal Dermatology 7th ed., W.B. Saunders, 2012.
※4 Schmutz SM, Moker JS, Clark EG and Shewfelt R: Black hair follicular dysplasia, an autosomal recessive condition in dogs. Can Vet J 39:644-646,1998.
※5 Miller WH and Jr: Color dilution alopecia in Doberman pinschers with blue or fawn coat colors: A study on the incidence and histopathology of this disorder. Vet Dermatol. 1:113,1990.
※6 Yamagishi C, Momoi Y, Kobayashi T et al: A retrospective study and gene analysis of canine sterile panniculitis. J Vet Med Sci 69:915-924,2007.
※7 Beco L, Fontaine J, Gross TL and Charlier G: Colour dilution alopecia in seven Dachshunds. A clinical study and the hereditary, microscopical and ultrastructual aspect of the disease. Vet Dermatol. 7:91-97,1996.
※8 Madewell BR, Ihrke PJ, * and Stephen M Griffey and SM: Multiple skin tumours in a Doberman Pinscher with colour dilution alopecia. Vet Dermatol. 8:59-62,1997.
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